
「“わたし”は今 どこにいるの」と踏みしめたあしあとを なんどもみつめかえす枯れ叶をだき あきめくまどべにかじかんだゆびさきで ゆめをえがいたつばさはあるのに とべずにいるんだひとりになるのが こわくて つらくてやさしいひだまりに かたよせるひびをこえて ぼくら こどくなゆめへとあるくサヨナラはかなしいことばじゃないそれぞれのゆめへとぼくらをつなぐ YELLともにすごしたひびをむねにだいてとびたつよ ひとりで みらい(つぎ)のそらへぼくらはなぜ こたえをあせってあてのないくらがりに じぶんをさがすのだろうだれかをただ おもうなみだもまっすぐな えがおも ここにいるのに“ほんとうのじぶん”を だれかのことばでつくろうことに にがれて まよってありのままのよわさと むきあうつよさをつかみ ぼくら はじめて あしたへとかけるサヨナラをだれかにつげるたびにぼくらまたかわれる つよくなれるかなたとえちがうそらへとびたとうともとだえはしないおもいよ いまもむねにえいえんなどないと きづいたときからわらいあったあのひも うたいあったあのひもつよく ふかく むねに きざまれていくだからこそあなたは だからこそぼくらはほかのだれでもない だれにもまけないこえを あげて “わたし”を いきていくよとやくそくしたんだ ひとり ひとりひとつ ひとつ みちを えらんだサヨナラはかなしいことばじゃないそれぞれのゆめへとぼくらをつなぐ YELLいつかまためぐりあうそのときまでわすれはしないほこりよ ともよ そらへぼくらがわかちあうことばがあるこころからこころへ こえをつなぐ YELLともにすごしたひびをむねにだいてとびたつよ ひとりで みらい(つぎ)のそらへ
